第6章 「月夜、心を濡らす」
五条は、言葉を詰まらせたままのをしばらく見つめていた。
何かを待つように、何かを測るように――。
けれど、彼女が視線を落としたまま黙り込むのを見て、、ふっと小さく息を吐き、口を開いた。
「なんでキスしたかは、正直わからない」
「でも、ひとつだけ言えるのは……」
わずかに息を溜めて、低く告げる。
「――軽い気持ちでしたわけじゃないから」
その声は、ふざけた響きを一切含まなかった。
胸の奥がじわりと熱を帯びる。
(……それって、少しは……期待してもいいの?)
だが同時に、背筋を冷たいものが撫でていく。
もしこれが、ただの思い過ごしだったら――。
嬉しさと怖さが、同じ場所でせめぎ合う。
は、一度、膝の上でぎゅっと手を握った。
唇を結び、目を伏せ――それから、勇気を振り絞るように、顔を上げる。
目の前の五条は、ただ黙ってこちらを見ていた。
(……いまなら、言えるかもしれない)
鼓動がうるさい。
言葉が喉の奥で震えている。
「……私は……」
呼吸が浅くなる。
唇がかすかに震える。
でも、目だけは――逸らさなかった。
「……先生が――」
ゴウンッ。
エレベーターが突如として震え、明かりが切り替わる。
再び動き出した箱が、下降し、軽い衝撃とともに止まった。
――チンッ。
無機質な音とともに扉が開く。
外の明るさが一気に流れ込み、現実へと引き戻された。
「五条特級術師! さん!」
補助監督が駆け寄ってくる。背後には警備員の姿もあった。
「よかった〜……中で閉じ込められたって聞いて、心配しましたよ!」
は言いかけた言葉を飲み込み、唇を噛んだ。
まだ胸の中に熱が残っている。鼓動も速いまま――けれど、もう二人きりではなかった。
五条はの手をそっと離し、立ち上がる。
「いや〜、僕一人ならこのエレベーターぶち破って出たんだけどさ」
「ひっ! それは困ります!」
補助監督が青ざめて声を上げる。
は二人のやり取りを聞きながら、外の空気に足を踏み出した。
五条は軽く伸びをしながら、の頭にぽんと手を置く。