第22章 「可惜夜に眠る 中編**」
「それとも――襲われに来た?」
いつもの冗談めいた言葉だったけれど、目は笑っていない。
『覚悟もないくせに、同情で来たなら帰れ』と、突き放されている気がした。
帰ったほうがいいのかもしれない。
でも――
(……いやだ)
あんな顔をさせたのは自分なのに。
なのに、このまま背を向けるなんて、できなかった。
ドアを押さえている手に力を込めた。
手が震えているのが、自分でも分かる。
涙で滲む視界の向こうで、先生を見上げた。
「……やだ」
「……は?」
先生の眉が、わずかに動く。
私は一歩、部屋の中へと踏み出した。
「、わがまま言わないで。僕も忙しいんだから」
「……やだ」
それでも、私は首を横に振った。
「やだやだって……子供だな」
先生は、露骨に面倒そうに息を吐いて、濡れた前髪を乱暴にかきあげた。
そのまま私を見下ろして、視線だけで「帰れ」と言うみたいに黙る。
(……こんな先生、初めて見る)
分かってる。
面倒で、手がかかって、困らせてる。
一方的に押しかけて、泣きそうな顔でわがまま言って。
ちゃんと説明もできなくて。
それでも。
子供みたいに縋らなきゃ、
この人は、どこかへ行ってしまいそうな気がして。
言葉がうまくまとまらない。
ただ、溢れそうな気持ちを必死に紡いだ。
「……戻りたくない」
それが、精一杯だった。
なんの覚悟もできてない。
綺麗な理由もない。
ただの、私のわがままで。
これは、罪悪感からくる執着でしかない。
先生は、しばらく何も言わずに私を見つめていた。
冷房の音だけが、低く響いている。
やがて――
「……ほんと、厄介だな」
小さく呟いて、先生は私の腕を掴んだ。
「後悔しても、知らないよ」
その声は突き放すようでいて、どこか苦しそうで。
背後で静かにドアが閉められ、鍵のかかる音がやけに大きく響いた。