第21章 「可惜夜に眠る 前編」
「あ、見て……伏黒くん、ヤドカリ」
私は迷わず手を伸ばし、その小さなヤドカリを指の上に乗せた。
もぞもぞと動く感触が少しくすぐったい。
「ほら、かわいいよ」
近づけて見せると、伏黒くんは露骨に顔をしかめた。
「……お前、意外とそういうの平気なんだな。キモくないのか」
「あ、虫は苦手だけど……これは平気かも?」
首を傾げると、伏黒くんは意外そうな顔をして私を見た。
そのとき、ザバーッ! と大きな水音がして、海の中から先生が飛び出してきた。
「あれー? 恵、入んないの?」
水も滴る、という言葉がそのまま形になったような姿で、先生が私たちのところへ歩いてくる。
ナマコはもう、どこかに捨ててきたらしい。
「……入りますよ。、あんまり無茶すんなよ」
「うん、ありがと」
伏黒くんは、みんなのいる沖の方へと歩き出した。
先生は私の隣に腰を下ろすと、まだ陽の光に熱を持っている砂を、大きな手でひと撫でした。
「は? 海、入んないの?」
先生の蒼い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
私は指の上のヤドカリをそっと砂に返しながら、
「あ、えっと……実は私、泳げなくて。カナヅチなんです」
そう言って、誤魔化すように笑った。
本当はそんなことない。
泳ぐのは好き。
遠くから見ている分には「綺麗」と思えたけれど。
いざ近づこうとすると、足がすくむ。
あの日以来……
その「青」が、私を飲み込もうとする巨大な生き物に見えてしまって。
先生は、私の顔を一瞬だけ見て――
それから、また何事もなかったみたいに視線を外した。
「ん? なにあれ」
立ち上がって、波が引いたばかりの濡れた砂浜を指差した。