第6章 「月夜、心を濡らす」
その沈黙を破るように、伊地知が口を開いた。
「……五条さん、どうしてこの名前を調べようと? 最近高専に転入してきた生徒と……何か関係があるんですか?」
五条は鼻で笑い、資料をファイルにしまった。
「まぁ、ちょっとね」
伊地知が怪訝そうに眉を寄せる。
(――魔導、それがの力の名前。そして、悠蓮。お前が……の中にいる)
指先がファイルを無意識に叩く。
答えはもう出ている。
(上に知られたら、どうなるか――)
脳裏に、冷たい光景がよぎる。
縄で縛られた異端者。
石を投げる群衆。
千年前、悠蓮が迎えたという最期――火刑台の炎。
(……面倒どころじゃない。も、同じ末路だ。処刑だ)
「――伊地知、この件、他の奴には喋らないで」
「……え?」
戸惑う伊地知に、五条は一切の軽さを排した声で言い直した。
「今の“悠蓮”の件。と関連があるって、君の口からは絶対に出さないで」
「で、でも、それは――」
「お願いじゃない。命令」
淡々とした言い回しが、かえって重く響いた。
伊地知はごくりと喉を鳴らし、小さく頷く。
「……わかりました」
それを確認した五条は椅子を離れ、無言で歩き出す。
背中越しにひとことだけ、ぽつりと呟いた。
「――あの子は、まだ、知らなくていい」
照明の下、影だけを残して地下の奥へと姿を消す。
その足音が、どこまでも冷たく、決意のように響いていた。