第6章 「月夜、心を濡らす」
後日。
記録棟の奥――厚い鉄扉の向こうにある、特別資料室。
地上の気配を遮断した地下深く、ひんやりとした空気と紙の匂いが満ちている。
ランプの淡い光が、積み上げられた古文書の影を長く伸ばしていた。
地下深くの冷えた空気の中、五条は伊地知から一冊のファイルを受け取った。
「……見つけました。“悠蓮”の記録です」
伊地知が眼鏡の奥で緊張を隠せないまま言う。
手渡されたファイルの中には古びた紙が数枚綴じられていた。
「お、さっすが伊地知。仕事早いねー」
そう言いながら、五条は中身を覗き込み――眉をわずかにひそめた。
「……って、資料これだけ? ちゃんと調べた?手抜きしてなーい?」
冗談めかす声に、伊地知は慌てて端末を抱え直した。
「も、もちろんです!高専が保管している全ての記録を確認しました。ですが、残っていたのはたったそれだけです」
そう前置きしてから、伊地知は書類を指でなぞりながら説明を続ける。
「“禁術系譜書”……これは、呪術史の中でも記録抹消された術式をまとめた資料です。そこに“術式に分類できない力の発動例が列挙されていて……その中に“悠蓮”という名前が出てきます」
五条はページをめくり、古びた文字列を声に出して読んだ。
「“魔導をもって呪を焼き払う者。術式の外に立つ、もうひとつの原理”……」
目隠しの奥で視線が鋭さを増す。
「これは術師としてじゃなく、“異端者”として書かれてるな。――“理を乱す者、記録より削除すべし”」
さらに行を追った五条の指が、ある一文で止まった。
そこには、黒々とこう記されていた。
「……“かの女、火刑に処す”」
低く、吐き出すように呟く。
「つまり悠蓮は“呪術体系の外にある力”を使った。そしてその力を理由に――火炙りにされたってことか。それも――」
五条はページから目を離し、天井を仰ぐ。
「……千年前に、ね」