第20章 「君の心をさらったその日から**」
バスは、内湾の近くで停まった。
プシィ、とドアが開く音がした瞬間、湿気を孕んだ潮の匂いが流れ込んでくる。
乗客たちは次々と席を立ち、降車口へ向かっていった。
「よっこいしょ」
僕たちも、それに続いて立ち上がる。
先に僕がバスから降りると、目の前に気仙沼の景色が目に入る。
かつて津波に飲まれたこの地は、今やすっかり整備されていた。
広く舗装された道路、真新しい案内標識、低地には新しく建てられた防潮堤。
それでも、海のそばにはまだ空き地が目立ち、どこかぽっかりとした空気が漂っていた。
「いやー、空気がいいね」
僕はサングラスを外して、軽く背筋を伸ばした。
固まった身体をほぐすように、ひとつ大きく伸びをする。
その間に、も降りてくるかと思って振り返ると――
彼女は、バスの降り口の手すりに手をかけたまま、止まっていた。
「……?」
呼んでも、返事はなかった。
視線だけが、開いたドアの外を見つめている。
その表情がよく見えない。
運転手が不思議そうに眉をひそめた。
「お客さん、降りないの?」
その声で、の肩がぴくりと跳ねた。
「あっ……す、すみません……!」
足早に彼女はバスを降り、額の汗を手で拭った。
それから一度だけ、海のほうへ視線を流す。
「……暑いですね。思ったより」
そう言いながら、は小さく笑ってみせた。
思っていたより、いつも通りに見える。
(……ここまで来ても、何も言わないか。強情だな)
僕は彼女の横顔を見て、ため息をひとつ吐いた。
……でも。
(いや、僕が焦りすぎただけかも)
言葉にしないだけで。
言えないだけで。
の中では、ちゃんと進もうとしてるのかもしれない。
それなのに僕は、早く答えを出させたくて。
早く“僕のほう”に引っ張りたくて。
自分でも分かってる。
僕が踏み込めない場所に、いつまでも彼女が囚われているような気がして。
それが、気に食わなかった。
僕を見てほしい。ただ、それだけだ。
(これ、嫉妬ってやつ……?)
(しょーもな……さっさと呪霊祓って帰ろ)
そう思って、海沿いの通りへと歩き出そうとした、その時だった――