第20章 「君の心をさらったその日から**」
「あ、伊地知さんかも……」
の声が、ほんの少しだけ軽くなる。
その変化が嫌でもわかってしまった。
「……ごめんなさい」
は一瞬だけ迷ったように僕を見て、そっと手を外した。
(……逃げられた)
責める気にはなれない。
きっと、にとっては“正しい選択”だったんだろう。
でも。
胸の奥に、置き去りにされた感じだけが残る。
(僕……なんで焦ってんの?)
玄関のほうから、伊地知の声が聞こえた。
「おはようございます。五条さん、お迎えに――」
返事をする気になれなかった。
視線はさっきまでが立っていた場所に、落ちたまま。
「……五条さん?」
伊地知がもう一度だけ呼ぶ。
声が少しだけ慎重になっている。
「伊地知……」
伊地知が一瞬、固まった。
たぶん、僕の機嫌が“良くない”のが伝わったんだろう。
「いや。何でもない。さ、高専帰ろ」
僕はようやく顔を上げて、足早に玄関のほうへ歩き出した。
♢
伊地知の運転する車は、ゆっくりと住宅街を抜けていった。
後部座席には、僕と。
間には、ほんの少しの距離。
「それにしても……」
伊地知が、バックミラー越しにちらっとこちらを見る。
「桃に牛タンまで……こんなに頂いちゃって、ほんとにいいんですか?」
助手席には、紙袋と段ボールが置かれている。
段ボールからは、桃の甘い匂いが微かに漂っていた。