第20章 「君の心をさらったその日から**」
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「…………悟」
「……悟」
「悟」
名前を……呼ばれてる。
どこか、懐かしい響き。
すぐ近くで……優しく、届く。
僕はゆっくりとまぶたを開けた。
視界が滲んで、焦点が合わない。
(……ここ、どこだ)
目に飛び込んできたのは、見慣れた高専の机。
どうやら突っ伏して寝ていたらしい。
机の上には、開きかけのノートとシャーペン。
そのページには、自分が走り書きした化学式。
「悟、こんなとこで寝ると風邪ひくよ」
その声に、顔を上げる。
そこにいたのは、あいつだった。
傑。
僕の席の前で椅子の背に肘をかけ、笑っている。
あの頃と、まったく同じ顔で。
(……夢、だよな)
たまにある。
夢だってわかってるのに、起きられないやつ。
僕は今、高専時代の夢を見ているらしい。
傑が机の上の僕のノートを手に取った。
「悟、また硝子の宿題、写してるのかい?」
「あー……ばれた?」
気怠い声で答えながら、頭をかいた。
あくびが出そうなのを、ごまかす。
「まったく……少しは自分でやりなよ」
「硝子のノートのほうが、補助監督の説明より圧倒的にわかりやすいんだよ」
「まぁ、それは否定しないけどね……」
苦笑しながら、傑がノートを僕の手元に戻してくる。
夢の中のはずなのに、今こうして話してるのが“当たり前”みたいに錯覚してしまう。
そのとき、教室にケータイの着信音が鳴った。
ん?僕の?
制服のズボンのポケットに手を突っ込み、ガラケーを取り出す。
画面を見ると、女の子の名前。
誰だっけ?
「出ないのかい?」
傑が僕の顔を見て、首をかしげる。
「いい。誰かわかんねー」
無視しようとしたが、着信は止まらない。
「どうせ女の子からだろ。出た方がいいよ」
呆れたような口調で、傑が笑う。
傑にそう言われて、僕はしぶしぶ通話ボタンを押した。