第5章 「境界に口づけて」
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が飛び出して、しばらくのあいだ五条はその場に立ち尽くしていた。
(……なんだったんだ、今の)
さっきのの顔が脳裏に焼きついて離れない。
真っ赤に火照って、泣き出しそうで、でも何かを決意したような――そんな顔。
(……僕に、キスしようとしたよな)
喉の奥で小さく息を吐く。
思い出せば思い出すほど、胸の奥にざらつきが広がる。
あの距離、あの熱。
耳に残る彼女の呼吸。
(ただの冗談や突発じゃない。……あの目は、本気だった)
その確信が、自分を揺らしてくる。
(……何を考えてんだ、僕は)
自分を叱るように額を押さえる。
でも、あの瞬間に彼女の瞳に宿っていた感情は、もう見なかったことにはできなかった。
五条は小さく息を吐き、後頭部をぽりぽりとかいた。
「……探しにいくか」
口調は軽くても、心の奥にはまだ妙な引っかかりが残っている。
(会って何を言うつもりなんだ、僕は)
思わず苦笑しながらも、足は自然と前に進んでいた。
五条は訓練場を出て校舎の方へ向かった。
五条が校舎に足を踏み入れた瞬間――
(……ん?)
空気がわずかに揺らいだ。
呪力じゃない。
でも、異質だ。
(……なんだ、この感じ)
空間が波打つような違和感が、六眼に映る。
まるで校舎の一角だけが“別のもの”に塗り替えられたみたいだった。
胸がざわつく。
その中心に――の気配がある。
(……!?)
五条は歩を速める。
迷うことなく、その異質な揺れの源へ向かった。
辿り着いたのは女子トイレ前。
扉の前で立ち止まり、眉をひそめる。
内側から何かが滲み出てくるような、嫌な圧。
「……、そこにいるの?」
軽く呼びかける。
返事はない。
五条はためらわず扉を押し開けた。
「ヒト――」
言いかけた瞬間、空気が変わった。