第5章 「境界に口づけて」
その瞬間
「」
低い声が耳元で響いた。
五条の手がの肩を押し止める。
「……どうしたの?」
驚きと警戒が混ざった声。
それでやっと、自分が何をしようとしていたのかを理解した。
(――っ!!)
全身が一気に冷えた。
「ご、ごめんなさいっ!」
弾かれたように後ろへ下がり、刀を落とす。
耳まで真っ赤になった顔を隠すように俯き、そのまま訓練場の出口へ駆け出した。
***
訓練場を飛び出し、は女子トイレに駆け込んだ。
洗面所の鏡に映る自分の顔は、赤く火照り、汗で濡れていた。
息は荒く、胸が痛いほど上下している。
(……何やってるの、私)
蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗う。
でも頭の熱も、心臓の鼓動も収まらない。
(先生に……キスしようとした? 本気で……?)
思い出した瞬間、胃がひっくり返るような吐き気が込み上げた。
五条の――あの目。
驚いたように見開かれた瞳。
警戒と戸惑いが混ざった、あの一瞬の表情が、焼きついて離れない。
(……嫌われた)
両手で顔を覆い、歯を食いしばる。
自分が、どれだけ軽率だったか。どれだけ愚かだったか。
「……最低」
もう、顔を合わせられない。
どうしようもない自己嫌悪に押し潰されそうだった。
――そのとき。
鏡の奥から、声がした。
『……なぜ、拒む?』
は息を呑む。
恐る恐る顔を上げると――
そこにいた。
夢で見た、あの女。