第5章 「境界に口づけて」
『そう、それだ』
耳の奥で、あの女の声が囁いた。
甘く、粘つくような声。
『もっとその熱を望め。その男を、おまえのものに』
ぞわりと背筋を冷たいものが這う。
腰に添えられた五条の手の感触と、女の声が重なって、境界がわからなくなる。
(……いや……静かにして……)
刀を握る手が震え、呼吸が乱れる。
もう何を教わっているのかさえ、頭に入ってこなかった。
『おまえはもう止まれない。望め。全部呑み込め』
あの女の声が、耳の奥で甘く絡む。
(……やだ……もう黙って……)
頭では否定しているのに、体がいうことをきかなかった。
背後から支える五条の手の感触が、熱となって全身に広がる。
まるでその熱に呑まれるように――
気づけば、は振り返っていた。
見上げたその横顔。
蒼い瞳が静かにこちらを見下ろしていて――
(……きれい……)
理性が溶ける。
の手が、ゆっくりと五条の胸元に添えられる。
そこから伝わる、確かな鼓動。
そのぬくもりが、の中で何かを壊すように広がっていく。
視線が絡む。
けれど目を逸らせなかった。
彼の目が、自分だけを映していることが――ただ、嬉しかった。
喉が渇く。
呼吸が浅くなる。
知らず、顔が傾いていく。
そのまま、はつま先を立てた。
ほんのわずかでも――もっと近づくために。
唇が、彼の唇に吸い寄せられていく。
その輪郭、柔らかそうな質感、息づかいまで感じる距離。
(……もう少し……この距離なら、届く……)
唇と唇の間、あと指一本ぶんもない。
触れたら、何かが変わる。
いけないことはわかってるのに、
――止まれなかった。