第18章 「血と花の話をしましょう**」
🌙 番外編②:僕の世界に咲いた花
七海と別れ、ホテルへ戻ってきた。
廊下はしんと静まり返っていて、足音だけが響いている。
もう、みんな寝てるんだろうな。
の部屋までは、あと少し。
なのに、やけに歩くのが遅くなる。
理由なんて聞かないでほしい。
自分でもよくわからないんだから。
ポケットの中からスマホを取り出して、画面を見る。
何度も確認したところで、通知はない。
……まぁ、今さら。
こっちから送る? ……ないな。
どうせ、他人行儀な返信が返ってくるだけだ。
わかってるのに、まだ期待してる自分がウザい。
(……ったく、恋人って、もっと単純だと思ってた)
キスをして、セックスをして、一緒にさえいれば。
想いなんて、それだけで噛み合うもんだと――そう思ってた。
(誰かに、何かを求めるなんて)
誰にも僕を理解してほしいなんて思ったことない。
どうせ、理解なんてできないから。
傑にだって、それを願ったことはなかった。
でも。
と出会ってからの僕は――
七海の言葉が頭の中に浮かぶ。
『あなたの“世界”に、彼女を無理やり迎え入れるだけではなく――あなた自身が、彼女の“世界”に入っていく努力をすべきです』
(……僕、のこと、全然知らない)
たとえば。
彼女は辛子レンコンに手を伸ばさなかった。
お刺身にも、わさびをつけなかった。
そんな些細なことに、七海は一瞬で気づいたのに。
僕は、隣にいるはずの“彼女”の好みさえ知らなかった。
(なんで、七海が気づいて、僕が気づけないんだよ……)
僕はあの子の初恋の相手で。
“初めて”を全部もらったくせに。
(彼女の“世界”の中に、僕はどのくらいを占めてる?)
(この数週間、連絡がなかったことが――その答えか)
立ち止まって、天井を仰いだ。
はぁ、と、でかいため息が漏れた。
……そのとき。
視界の端で、ふわりと白いものが揺れた。
花びら?
やわらかな白。
ほとんど透明なほど、淡くて、儚い。
ひとひらの花弁が、空中で踊るように旋回して――
僕の手のひらに、そっと落ちてきた。
(……)