第18章 「血と花の話をしましょう**」
(あの五条さんが……)
連絡が来ないだけで、あそこまで気を揉んでいる。
好きな食べ物さえ知らないくせに、
彼女の心を求めて、ああも揺れている。
“あれほど自分本位で、自信に満ちた男”がだ。
七海はグラスに目を落としながら、しばし考える。
(――初恋、ですか)
水をひと口飲んだあと、グラスを戻す。
(そして、その“彼女”というのが――)
そこまで考えて、ふっと息を吐いた。
考えるだけ無粋だ。
きっと、彼は今からその彼女に会いに行くのだろう。
その一途さだけで、もう十分だ。
「……ブルームーンを」
「かしこまりました」
淡い青紫の液体がグラスに注がれ、照明の下で月のような光を帯びる。
カウンターに置かれた瞬間、マスターが穏やかな声で言った。
「ブルームーンには、“完全なる愛”と“叶わぬ恋”……二つの意味があることをご存知ですか?」
「お連れ様の恋はどちらになるのでしょうね」
七海は少しだけ目を伏せ、グラスの縁を指でなぞった。
(あの人が選んだ“彼女”……)
(孤高の最強に差し込んだ、たったひとつの光)
「……どちらであっても、あの人は一生、彼女を手放しませんよ」
そう答え、ブルームーンを口に含む。
爽やかな檸檬と、その奥に潜むかすかな苦味が夜の静けさに溶けていく。
(……届くといいですね、五条さん)
グラスを置いた音が、かすかにカウンターへ響いた。
バーの明かりが、青紫の液面を揺らす。
そのゆらぎは、まるで――
五条悟の初恋を、そっと祝福する月の灯りのようだった。