第18章 「血と花の話をしましょう**」
「それすら知らないのに、“今までの女性とは違う”なんて、よく言えますね」
今度こそ、五条は完全に黙った。
グラスの中の氷が、ひときわ大きく音を立てて崩れた。
その音が、何より雄弁だった。
七海はそんな五条を横目で一瞥すると、自身のグラスに残った酒を一息で飲み干した。
「たとえば、あなたの生徒のさん。嫌いな食べ物、知っていますか?」
「……は?」
いきなりの問いに、五条が目をしばたたかせる。
「おそらく――からしや、わさびの類は苦手でしょう」
「……」
五条の眉が、わずかに動いた。
「なんで、お前がの嫌いな食べ物知ってんだよ」
口調にわずかな棘が混ざる。
「今日の夕食で、辛子レンコンに手を伸ばしていませんでした」
「たまたまの可能性もあるだろ」
「いえ、それはないです。お刺身にも、わさびをつけていなかったので」
七海の指摘に、五条は短く息を吐いた。
「……お前の観察力には、ほんと尊敬するよ」
そう言いながら、チェリーの茎をグラスの縁に転がす仕草には、いつもの軽快さがなかった。
普段なら皮肉のひとつでも返すところだが、今日は違った。
七海はその沈黙に、嘲笑ではなく静かな誠意を重ねる。
「……本当に、その“彼女”を大事にしたいと考えているのなら」
五条が顔を上げる。
「五条さんの“世界”に、彼女を無理やり迎え入れるだけではなく――あなた自身が、彼女の“世界”に入っていく努力をすべきです」
グラスの氷が、からん、と音を立てた。
「関係とは、そうして築いていくものです。時間と手間と、少しの想像力で」
五条は黙って、それを聞いていた。
だが――その眼差しには、確かに揺れる何かが灯っていた。