第5章 「境界に口づけて」
授業が終わり、はノートを閉じながら深く息をついた。
その矢先。
「」
教壇から名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。
(……名前、呼ばれた……)
ただそれだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
情けないほど単純だとわかっているのに、どうしようもなかった。
顔を上げると、五条が手招きしている。
「こっちこっち、ちょっと来て」
軽い声と仕草。
けれど、の全身は一瞬で固まった。
(……昨日のこと、言われる……?)
頭の中で最悪の可能性ばかりが巡る。
足が鉛のように重かった。
おそるおそる教壇に近づくと、五条はまったく気にしていない様子で言った。
「放課後、時間ある? 昨日言ってた呪具の訓練、やろうかと思ってさ」
「……えっ」
あまりに拍子抜けして、思わず声が裏返った。
「放課後、訓練場来てね」
にこりと笑うその顔が、眩しすぎて直視できなかった。
「は、はい……!」
かろうじて返事を絞り出す。
胸の奥で、昨日から続くざわめきがさらに大きくなっていた。
***
放課後。
はジャージに着替え、小太刀を携えて訓練場へ向かっていた。
(……二人っきりで特訓。緊張する。私の心臓……落ち着いて)
そう自分に言い聞かせても、足取りはどこかぎこちない。
深呼吸をして扉に手をかけ、ゆっくり開けた瞬間――
息が止まった。
心臓が、胸を内側から叩き割ろうとするみたいに跳ねる。
中には五条がすでに立っていた。
いつもの黒い制服ではない。
白のラフなシャツに、足元は軽やかなパンツスタイル。
そして、目隠しではなくサングラスをかけていて――
その隙間から、青い六眼がちらりと覗いた。
(……っ!)
胸がぎゅっと縮む。
顔が一気に熱くなるのがわかる。
普段は絶対に見えないはずのその瞳。
光を帯びたように鮮やかな青。
ただそれだけで、呼吸が崩れ、心臓が耳の奥で暴れ出す。
(なんで、制服じゃないの!?いつもの目隠しは?)
視線を逸らそうとするのに、できなかった。
まるで吸い込まれるみたいに、その青から目が離せない。
小太刀を握る手が汗でじっとりと濡れていく。
心臓の音が、自分の声よりも大きく響いていた。