第5章 「境界に口づけて」
「ち、違うって!!!」
ほとんど叫ぶように否定した。
その声が大きすぎて、近くにいた虎杖と伏黒が驚いて振り向く。さらに少し離れたところで、五条までこちらをちらりと見るのが視界の端に映った。
は慌てて口を押さえた。
胸の奥が焼けつくように熱い。
(……見られた……!)
唇が震え、押し殺すように声を出した。
「……私が悪いの。先生は、何もしてないよ」
それは誰に向けた言い訳なのか、自分でもわからなかった。
野薔薇はしばらくを見つめ、ふぅと小さく息を吐いた。
「……なら、いいけど」
そう言いながらも、その表情にはまだ腑に落ちない影が残っていた。
「授業始めるよー」
五条の明るい声が教室に響く。
野薔薇も席に戻り、教室はいつものざわめきに包まれていった。
も自分の席に座った。
――でも、心だけは落ち着かない。
教壇に立つ五条を見上げた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。
昨日と同じ、いつもの先生。
それなのに。
(……どうして、こんなに苦しいの)
ペンを握る手に力が入る。
視線を逸らそうとしても、また彼を追ってしまう。
好きだと気づいてしまった想いが、もう隠しきれなかった。
それを悟られないように、ただ下を向いて、呼吸を整えるふりをした。