第18章 「血と花の話をしましょう**」
「」
「これは“お願い”じゃなくて、命令だよ」
反論の隙を与えない声音だった。
「……っ」
(命令……)
先生の目を、真正面から見ることができなかった。
そんな言い方、ずるい。
でも、そう言われた瞬間に、私の中から選択肢は消えていた気がする。
「……わかりました」
俯きながら、小さく返事をするのが精一杯だった。
すると、七海さんが静かに言葉を重ねた。
「五条さんも私も、役に立たないから連れて行かないのではありません」
「あなたはまだ子供です。危険に晒すわけにはいきません」
「あと、私たちが聞き取りをするより、あなたの方が……ご家族も話しやすいでしょう」
すると、先生がひょいっと七海さんを指差した。
「そうそう。危険な仕事は七海に任せとけばいいの」
「五条さんがやった方が、手っ取り早いんですけどね」
「えー、やだよ。これ、お前の仕事でしょ?」
「……では、なぜ同行されたんですか?」
七海さんの声音には、うっすらと呆れが滲んでいた。
でも先生はまったく気にする様子もなく、片手を軽く振って受け流す。
「そうと決まったら!こんな陰気臭いところ早く出て、熊本グルメを満喫しようじゃない」
先生が先に扉へ向かっていく。
七海さんも小さく息を吐き、あとに続いた。
私はその場にとどまり、白布の下に眠る遺体へと視線を落とす。
(……ごめんなさい。私のせいで)
(亡くなった後も、こんな姿に⋯⋯。苦しいですよね)
布を整えようと指を伸ばした、その瞬間だった。
花びらが一枚、音もなく落ちた。
しゃがみこみ、そっと拾い上げた途端、
雪みたいにほどけて、指の上で消えていった。
その儚さと一緒に、耳にあの笑い声が一瞬だけ蘇る。
薄い霧のような気味の悪さが、胸の奥をひやりと撫でていった。
掴めないのに、どこかで手招きされているような――そんな気配。
体が、血が、いや――
私の中の“もっと奥”、自分ですら知らない場所が怯えていた。
何かがざわめき、触れてはいけないものに、静かに後ずさっているような感覚。
そのざわつきを振り払うように、急いで布を整え、
扉の先で待つふたりの方へ、私は歩き出した。