第18章 「血と花の話をしましょう**」
「後は、私たちが対応しますので」
そう言って七海さんが一礼すると、医師は無言で頷き、扉の向こうへと姿を消した。
金属製のドアが閉まる音が、静かな部屋に響く。
先生はサングラスを外し、死体に近づいた。
露わになった六眼が、白い花とその下の死体をじっと見据えた。
まるで“何か”を読み取ろうとするように、その場の空気すら吸い込んでしまいそうな気配だった。
七海さんも、その隣でわずかに姿勢を正す。
二人の沈黙が、この異様な死体を“ただの事件ではない”と告げていた。
そしてようやく、七海さんが口を開いた。
「さん、これはあなたの力によるものですか?」
沈黙を破るように、七海さんが低く言う。
ずっと恐れていた問い。
だけど、ここで逃げるわけにはいかない。
「……確認します」
足が竦むのを必死に抑えながら遺体に近づく。
白布の隙間から覗く花にそっと手を伸ばした。
触れた指先に、ほんのわずかだが花弁の温度が伝わってくる。
生きているような、けれど命ではないような。
(一緒だ)
港でユウナちゃんを“送った”夜に咲いた、あの白い花と。
形も、大きさも、花びらの数も、光の帯び方も。
(でも……)
指をそっと離した。
今、ここに咲いているこの花は――
「……違います」
「私の力で咲いた花じゃないです」
私は視線を落とし、もう一度白い花を見つめた。
「たしかに、見た目は同じです。花の色も、形も」
「けど、感じる“気配”が違うんです。……上手く言えないんですけど」
私の言葉に、七海さんはわずかに眉をひそめている。
こんな曖昧な言葉しか出てこない自分が、情けなかった。
だけど、それでも、そうとしか言いようがない。
すると、右の肩に温かい重みが乗る。
顔を上げると、先生が優しく肩に手を置いてくれていた。
「僕も、と同じ意見」
その目には迷いがなかった。