第18章 「血と花の話をしましょう**」
「亡くなられたのは四日前の午前中。ですが……十二時間ほど経過した頃、ご家族から異変の連絡がありました」
「……白い花が、胸元に咲いたと」
その言葉に、七海さんが訝しげに顔を上げた。
「亡くなった後に、ですか?」
医師は無言で頷き、書類に視線を落としたまま続ける。
「この患者は末期がんで、死因は肺炎による呼吸不全です。死亡直後には、当然このようなものは確認されていません」
「ですが、今この状態を見ていると“亡くなっている”と呼んでいいのか、正直……私にも分かりません」
七海さんが遺体を見つめたまま口を開く。
「……本来、死後四日も経過していれば、いくら冷蔵していてもこうはならないでしょう」
「皮膚のハリ、指の柔らかさ、ましてや――花の存在。医学では説明できない」
医師は脇に置かれていた手袋をはめ、花の生えているあたりの皮膚を慎重にめくる。
皮膚が剥がされた内側には、ただの筋肉や脂肪ではなかった。
肉の奥深くにまで、白く細い根が複雑に絡みついていた。
血管や神経のように、臓器へ、骨へと這い回り、
肋骨の内側、つまり心臓のあたりに、太い根が深く喰い込んでいるのが見えた。
「この通りです。外側からは一輪の花にしか見えませんが、内部は完全に侵蝕されています。
……皮膚を突き破ったのは、恐らく、根が助骨の隙間を押し広げて伸びてきたためかと」
「こりゃ、花咲か爺さんもびっくりだね」
先生が思わず呟く。
私はあまりの光景に目を逸らした。
一瞬だけ見えた、皮膚の下に蠢く白い根が、
まるで肉体を食らいながら咲く“生”そのもののようで。
気分が悪くなりそうだった。