第18章 「血と花の話をしましょう**」
***
熊本駅からタクシーで20分ほど揺られたのち、私たちは例の遺体が安置されている病院へと到着した。
正面玄関はすでに消灯していて、夜間出入口のドアが重く開く。
その奥から現れたのは、白衣を着た男の人だった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
地元の医師らしいその人は、私たちに軽く会釈しながら言った。
「遺体は、地下の安置室にてお預かりしています」
先生と七海さんが黙って頷く。
そのまま私たちは案内に従い、建物の裏手にある階段を下りた。
コンクリートの壁と床。
湿ったような空気と、ぼうっと唸る空調音。
足元だけを照らす蛍光灯が、やけに頼りなく感じる。
「この奥です」
金属製の重い扉を、医師が開ける。
軋む音とともに、冷気が漏れ出した。
室内には、整然と並ぶステンレス製のベッド。
そのひとつにだけ、白布がかけられていた。
医師はその前で静かに立ち止まり、胸の前で短く手を合わせた。
私たちも、それに続いて同じように手を合わせる。
布をめくると、三十代後半ほどの男性が横たわっていた。
(……これが)
言葉を失った。
顔には生気こそないものの、皮膚には妙な張りがあった。
人工的な保存処置とは明らかに異なる、みずみずしさ。
死後硬直のはずの指先も、どこか柔らかく見える。
確かに“死んでいる”はずなのに、どこか“生きている”ようにも見えた。
胸に目をやると、肋骨のあたりから白い花がひとつ咲いていた。
冷たいはずの肉体に根を張るようにして、その花はまるで何かを養分に育っているかのようだった。
隣では、七海さんが眉間に皺を寄せている。
先生も珍しく鋭く視線を細めた。
その静寂の中で、七海さんの声が低く響く。
「死後、何日になるんですか」
「本日で四日目になります」
医師は書類を確認しながら答えた。