第18章 「血と花の話をしましょう**」
すると、隣からつんつんと肩を突かれた。
驚いて顔を上げると、先生がこちらを見ていた。
いつの間にか、七海さんとの会話は終わっていたらしい。
「どうした?」
「可愛い顔が曇ってるよ、」
冗談めかして言ったかと思うと、先生の手が頭に添えられ、そっと自分の肩へと引き寄せた。
「まだしばらくかかるしさ。少し寝ときなよ」
耳もとに落ちてきたその声は、ただ静かに寄り添ってくれるような、優しい響きだった。
(七海さん、見てないよね?)
身を預ける前に、こっそり視線だけ動かして確かめる。
通路の向こうでは、七海さんが資料に目を落としていた。
その姿に、ほっと小さく息をつく。
(……ちょっとだけ、だから)
心の中でそう呟いて、そっと先生の肩に額をあずけた。
それだけで、不思議と心が静かになっていく。
先生が頬にかかった髪を、優しく耳の後ろへ払ってくれる。
撫でるように、頬をすべる指。
くすぐったいのに、撫でられるたび、
胸の奥がきゅうっとなるのがわかった。
目を合わせるのが、少しだけ恥ずかしくて視線を伏せる。
だって、きっと今の私は隠せてない。
頬の熱も、ほころんだ口元も、全部ばればれだ。
「……かわいい」
先生が小さく呟いた声が、耳に届いた。
低く、甘く、吐息混じりで。
その一言に、また胸が締め付けられる。
(うれしくて、しかたないんだもん)
唇がゆるんでしまうのも、仕方ない。
まるで、撫でられて、可愛がられてしっぽを振ってる犬みたいだ。
夜が静かに深まっていく窓の外。
その先にあるのは、「白い花が咲いた」という現場。
その場所に何が待っているのか――まだ分からない。
正直、怖い。
でも、今だけは目を逸らしていたくて。
この腕の中は、大丈夫。
心のどこかが、そう囁いてくれる気がした。
先生の体温に包まれながら、そっと目を閉じた。