第18章 「血と花の話をしましょう**」
「怖っ! お前、冷やし中華の闇を暴く論文でも書いてんのかよ」
五条は七海との距離を取りながら、眉をひそめるようにして顔をしかめた。
七海はその反応にこめかみをぴくりとひくつかせた。
だが五条は、それにまったく気づくこともなく、片手をひらひらと振って軽く笑った。
「……でもさ」
「もしこの世から“死”に対する恐怖がなくなったら、呪霊って減ると思う?」
七海は手元の新聞から目を離し、静かにメガネを外す。
指で目頭を軽く押さえながら、思慮深く応じた。
「……減るかもしれませんが、それは“本質”ではありません」
「恐怖が消えたとしても、人間の“負の感情”そのものが消えるわけではない。それはきっと、別の形で現れるでしょう」
「それに、“死を否定する”という行為は、同時に“生”そのものを歪める危険も孕んでいます」
五条は少しだけ眉を上げた。
「へぇ。じゃあ七海は、あの先生の意見には反対ってこと?」
「そういうわけではありません」
七海は、ゆっくりとメガネをかけ直す。
「科学が進歩すること自体は、歓迎すべきことです。
その結果として呪霊が減り、我々の仕事が減るのだとすれば――それは、むしろ“喜ばしいこと”でしょう」
「……あー、まあね」
五条はテレビに視線を戻し、ぼそりと呟いた。
「そうなったら、僕も……デートの時間、増やせるし」
七海は新聞の紙面をめくりながら、目だけを動かして横目に五条を見た。
「ですが、私は“死”そのものを悪だとは思いません」
「……」
「死があるからこそ、人は限られた命を意識し、“いま”を生きようとする。寿命があるから、愛も、別れも、意味を持つ。終わりがあるから、物語になるのです」
五条は黙って七海を見ていた。
その目は、冗談を言う時のそれではない。
「“死を克服する”のではなく、“死と共にある”こと。
それこそが、人間にとって、真の成熟だと……私は思います」
「真面目だねー、七海は」
「五条さんが不真面目すぎるだけです」
そこで五条は小さく笑った。