第18章 「血と花の話をしましょう**」
「植物は枯れても、根は残る。
ならば、人の魂も、どこかに根を張っているはずです」
「私はそれを、呼び戻そうとしているのです」
「それは奇跡ではない。人類が、自らの手でつかみ取るべき未来です。
――そして私は、その最前列に立ち続ける者でありたいと、そう願っています」
男の言葉が終わった瞬間、大きな拍手が会場を揺らした。
まるで何かを見た、あるいは“見せられた”者たちが、一斉に反応したようだった。
賞賛。衝撃。熱狂。
それらが混じった空気が、壇上まで届く。
男は拍手に応えるように一度だけ深く頭を下げると、マイクを外し、壇を降りた。
「……“死は欠陥”ねぇ」
そう言いながら、テレビのリモコンを机に投げ出すように置いたのは、五条悟だった。
高専の談話室。
ソファに寝転がった五条は、腕を頭の下に当てたまま天井を見上げている。
「言うねぇ。これ、今朝の国際シンポジウムだってさ。……って、見てないの?」
新聞を広げたまま無言を貫くのは、七海健人。
五条は七海に視線も向けずに話を続ける。
「ねぇ七海。冷やし中華って、いつから“始める”んだと思う?」
「……」
「毎年『冷やし中華始めました』って貼り紙あるけど、あれ誰が始めてんの? 協会とかあるの? 全国冷やし中華連盟とか?」
「……」
「あとさ、“冷やし中華終わりました”って見たことないんだよね。つまり、始まった冷やし中華は、今もどこかで続いてるんだよ。この世の七不思議の一つだと思わない?」
ばさっ、と新聞が音を立てて閉じられた。
「五条さん」
「あなたは、黙ってテレビを見るという行為ができないのですか」
「えー、だって静かだと、こう、僕の思考が暴走するっていうか~」
「暴走してるのは口です」
七海は小さく息をつくと、淡々と呟いた。
「……ちなみに、“冷やし中華始めました”の掲示が広まったのは昭和初期、主に東京の中華料理店が夏季限定メニューを開始する際の告知として用いたものです」
「近年ではSNSなどで“始まり”だけが話題化し、“終わりました”が広まらないのは、店舗側が売上低下を避けて曖昧に扱うからだと推測されます」