第18章 「血と花の話をしましょう**」
「私は、“美しい死”には意味があると信じているんです。
血を、ただ流すだけにしない。死を、無価値のままにしない。
――その先に何かを残せるなら、それは“救い”と呼べるのではないか」
女は小さく身じろぎをした。
男はそれを見てもなお、静かに切り出す。
「……ご主人のこと。少しだけ調べさせていただきました。
末期だと伺いました。もう、治療の手立ては尽きたと」
女の肩が微かに震えた。
だが男はそれを慰めるでも労るでもなく、淡々と続ける。
「でも、もし神話のようなことが現実に可能だとしたら?」
そう言うと、男は懐から静かに何かを取り出した。
布に包まれた、小さな何か。
彼はその布をそっとほどき、彼女の目の前に差し出す。
それは、一輪の赤いアネモネ。
深紅の花弁は、まるで濡れているかのように艶やかで、
どこか体温すら感じさせるほど、生々しかった。
「血を、花に変える。花を、記憶に変える。
そしてその記憶を、命として咲かせる。
……もし、それができるとしたら?」
男はアネモネを女に手渡した。
女は一瞬、手を伸ばしかけて止まった。
花から目が離せなかった。
赤い花弁が、まるで彼女の掌を待っているように見えたからだ。
迷いながらも、彼女はその花を受け取った。
それは、今にも脈打ちそうなほど、あたたかかった。
「……この花は?」
女は問いかけながら顔を上げる。
だが、男の姿はもうどこにもなかった。
窓の外には、いつの間にか雨が降り始めていた。
ただ、掌に残る花のぬくもりだけが、現実のようにそこにあった。