第16章 「心のままに、花が咲くとき」
(……また、からかわれてる)
(ああもう……勢いとはいえ、“する”って言っちゃったし……!)
目を閉じて、ってお願いした方がいいのかな。
それとも、黙ってそのまま、そっと近づいて……?
(先生……いつも、どうしてたっけ)
たしか頬に手を当てて、
そのままゆっくりと、顔を近づけて――
ゆっくりと息を吸い込む。
脈打つ鼓動が、自分でもわかるくらい速くなっていく。
(……よし)
心の中で小さく気合を入れる。
うまくできるかはわからないけど――
すぐ目の前にいる先生が、サングラス越しにこちらを見つめていた。
その穏やかな瞳は、何も言わずに――
まるで「おいで」と囁いているみたいで。
胸がきゅっと締めつけられる。
私はそっと、先生のほうへ身を乗り出す。
恥ずかしさと緊張に、ほんの少しだけ躊躇いながら、
それでも意を決して、指先をサングラスの縁に添えた。
外したその先に現れたのは、透き通るような蒼い瞳。
誰よりも強くて、誰よりも遠くにあるその目が、
今はただ、私だけをまっすぐに見ていた。
その優しさに、また胸が鳴る。
「……目、閉じてくれますか」
震える声でそう頼んだ私に、
先生は少し口角を上げて、いつもの調子で軽く応じる。
「……はいはい」
くすっと小さく笑ったあと、静かにまぶたを閉じた。
私はその顔を、まっすぐに見つめる。
伏せた白い睫毛がふわっとしてて、
少し光が当たるたびに、うっすら影が落ちて。
なんだかそれだけで、ドキッとする。
(……まつげ、長い)
肌も近くで見ると、透明感があって、
びっくりするくらいきれいで――
見慣れたはずの顔なのに、
こうして間近で見ると、あまりに整っていて。
触れるのもためらわれるほど、静かな美しさがあった。
先生の頬に手を添える。
その指先から、じんわりと熱が広がっていく。
顔が近づくほどに、先生の匂いが鼻をくすぐる。
ふわりと漂うのは、清潔な石鹸の香り――
その奥に微かに混じるのは、
言葉にできない、大人の男の人の匂い。
(……先生の匂い、好き)
優しくて、落ち着くのに。
どうしてだろう。
胸の奥が、そわそわしてくる――。