第16章 「心のままに、花が咲くとき」
「見てください、この透ける感じ……なんか、涼しげで……」
「――うん、そうだね」
先生の返事は、ほんの少しだけ間があった。
唇は笑っているけれど、いつもの先生とは少し違って見えた。
(……あれ? なんか、反応薄い?)
少しだけ首をかしげながら、私は瓶を見つめ直す。
(綺麗なのにな……)
(この青色が、ちょっと先生の瞳に似てる気がするのに)
そんなことを思って、ふと視線を戻すと、
先生の目はもう“瓶”ではなく、“私”の方に向いていて――
そして――不意に、こう言った。
「から……キスして」
「……へっ」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「な、なんで……急に、そんな……!」
顔が一気に熱くなるのがわかった。
「んー……なんか、そういう気分になった」
「気分って……っ」
「ほら早くー、キスして?」
「え、えぇぇっ……!? い、いきなり、そんな……無理ですって!」
「えー、じゃあ……」
先生がいたずらっぽく片目を細めて、唇の端を吊り上げる。
「キスしてくれないなら、悠仁たちに僕たちのことバラそっかな〜」
「なっ……!?」
言葉を失って、思わず声を詰まらせる。
(ちょ、ちょっと待って……! この人は急に何を言い出すの……!)
「そ、そんな……無茶苦茶なっ!」
「無茶苦茶でけっこー。で、どうするの?」
そんな先生の顔は、無邪気に楽しそうに笑っている。
(……自分から、なんて)
先生と、こうしてふたりきりになるたび、
触れられて、抱きしめられて、キスされて――
そんなこと、何度もあったのに。
(でも、私からは……一度も)
想像するだけで、顔が熱くなる。
(だって、恥ずかしい……!)
(どうやって……どんな顔して……)
そんなことを考えているうちに――
「じゃ、あと十秒以内にしてくれなきゃ――」
「悠仁にLINEしちゃおーっと」
「――っ!?」
言われた瞬間、思考が一気に吹き飛ぶ。
「わ、わ、わかりましたからっ!」
訴えるようにそう叫んで、スマホに手を伸ばした先生を、慌てて止めにかかる。
先生はそれを見て、満足げに口角を上げた。
完全に「釣れた」みたいな顔だった。