第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
冷ややかな空気はすぐに元に戻り、みんなはまた優雅に花をいじり始めた。
私は手元の枝を適当に切りながら、そっと視線を横へ向ける。
彼女とふいに目が合ったが、すぐにスッと逸らされてしまった。
(……本当に、私の勘違いかしら)
いや、そんなことない。
間違いないわ。
あの目元のほくろ、覚えてる。
小六の時。
あのクソみたいに退屈で、閉鎖的な村の学校に突然転校してきた女の子。
よそ者扱いされて、休み時間はいつも教室の隅で一人本ばかり読んでいた。
それがどうにも見ていられなくて、私が半ば強引に手を引いて連れ出したんだ。
村のバカ男子にからかわれた真澄を庇って、取っ組み合いの喧嘩をした日。
泥だらけになった私を見て、真澄は泣きながら笑ってくれたこと。
裏山の内緒の場所で、一緒にアイスを半分こしたこと。
『私、いつか絶対こんな村出てってやるわ』
『うん。野薔薇ちゃんなら、きっとどこへでも行けるよ』
大人が聞いたら鼻で笑うような私の野望を、真澄だけは真剣に信じてくれた。
そして――私の中にある、誰にも言えない『秘密』を打ち明けたこと。
真澄は少しも怖がらなかった。
変だとも、嘘だとも言わなかった。
『すごいね。野薔薇ちゃんは、特別なんだね』
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
こっちはこっちで照れくさいから、すぐに「当たり前でしょ」って笑い飛ばしたけど。
本当は、少しだけ嬉しかった。
たった半年で転校してしまったけれど。
間違いなく、あの子は私にとって特別だった。
それなのに。
(……忘れちゃったの?)
それとも、私だと気づいていないだけ?
それにしては、さっき目が合った時の反応がおかしかった気がする。
(……なんか、はっきりしないわね)
モヤモヤした感情が膨らんで、ハサミを握る手にぐっと力が入てしまって。
必要のない太い枝まで、勢いよく切り落としてしまった。
(あ、やば……)
結局、華道部が終わるまで、手元の花にはまったく集中できなかった。