第16章 「心のままに、花が咲くとき」
「、口元ついてる。ほら」
そう言って、野薔薇ちゃんが紙ナプキンを差し出してくれる。
私は「ありがと」と言いながら、それを受け取った。
ここ数日のことを思えば、こんなふうにみんなと過ごせる時間は、なによりの薬だった。
わいわいと賑やかなやり取りの中で、私は一口ずつ、ピザを味わった。
「……あの、ね」
そう声が漏れたのは、食べ終わった頃だった。
ピザの箱も空になりかけ、各々飲み物を手にしていたタイミング。
私は手元の紙コップを見つめたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「ごめんね。……私、みんなのこと、避けてた」
その瞬間、空気が静かになる。
視線をあげると、虎杖くんが真っ直ぐこちらを見ていた。
「……先生と伏黒から聞いたよ」
優しいけど、真剣な声。
「触れるだけで人の記憶が勝手に見えるとか、しんどかったよな」
虎杖くんがそう言って、心底ほっとしたように息をついた。
肩の力が抜けた笑顔を見せる。
「でも良かった。に嫌われたわけじゃなくて」
その言葉に、申し訳なさで胸がきゅうっと締めつけられる。
「そんな……嫌うわけないよ」
私はすぐに首を振った。
声がちょっと掠れてしまうくらい、本気で。
虎杖くんが安心したように笑い、紙コップのジュースをひと口飲んでから、
「……今は大丈夫なのか?」
「うん、今はね。自分で意識しない限りは、記憶が流れてくることはないから。安心して」
言いながら、思わず小さく笑った。
ほんの少し前まで、怖くて閉じこもっていた自分が嘘みたいだった。
今度は野薔薇ちゃんが口を開く。
「ほんっと、バカよね」
ぴしゃりと断言してから、こちらを睨んでくる。
「なんでそんなことで、距離置くのよ」
その口調はきついけれど、目はどこまでも真っ直ぐだった。
「……勝手に一人で決めつけて、勝手に避けて。こっちは寂しいっつーの」
「野薔薇ちゃん……」
そう呟くと、野薔薇ちゃんはふいっとそっぽを向いて、ジュースを啜った。
「少しは頼りなさいよ」
照れたように吐き捨てる声が、かえって優しかった。