第16章 「心のままに、花が咲くとき」
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男が連行され、パトカーの扉が音を立てて閉まる。
遠ざかっていく赤色灯を、私は無言で見つめていた。
隣で先生もパトカーが遠ざかるのを見ながら、
「……記憶を見たからって、がここまでする必要なかったんじゃない?」
「そもそもこれ、呪術師の仕事超えてるし?」
「……わかってます」
苦笑いを浮かべながら、私はそう答えた。
「あの人が逮捕されたからって、亡くなった人たちがが帰ってくるわけじゃないってことも……」
先生は黙ったまま、私の横顔を見ていた。
「でも……」
私はそっと、ポケットからキーホルダーを取り出す。
ガラス玉が夏陽に透けて光っている。
「最後にこれを私に渡したのは……理由があったんじゃないかって……」
指先で、そっと貝殻の表面をなぞる。
ひんやりとした感触の奥に、かすかに――あの子の気配を探すように。
「……少なくとも、あの子が残した“悔しさ”は、ちゃんと送れたと思うんです」
私は貝殻を胸元に押し当て、静かに目を伏せた。
まぶたの裏に浮かぶのは、あの子の笑顔。
『……お姉ちゃん、バイバイ!』
そう言って、嬉しそうに両親の元へ駆けていった姿――
(……終わったよ、ユウナちゃん)
小さく、心の中でそう呟く。
この貝殻はきっと、あなたが私に託してくれた願い。
だから私は、ここに来たんだ。
私はそっと目を上げ、隣に立つ彼を見た。
「……ねえ、先生」
「ん?」
「私……少しは、呪術師らしくなれましたか?」
先生は意地悪そうに笑った。
「どうだろ。まだ“見習い”かな」
「ええっ……」
口を尖らせた私を見て、先生はくくっと喉の奥で笑った。
「冗談だって。力のかたちが違っても――が誰かを救ったって事実は変わらない」
「……魔女なんかじゃない」
そう言って、私の額をそっと指でつついた。