第16章 「心のままに、花が咲くとき」
「そうでしょうか……」
ゆっくりと息を整えて、さらに問いを重ねた。
「本当に、あの日。あなたが言ったように――エンジンに、問題はなかったんですか?」
言葉が落ちるたび、部屋の空気が重く沈んでいく。
男の肩がわななき、勢いよく立ち上がった。
「ふざけやがってッ……! お前みたいなガキが、こそこそ調べやがって……!」
怒号とともに、振り上げられた手。
その手が、私の方へ振り下ろされる。
私は咄嗟に手を伸ばし、振り下ろされる腕を掴もうとした。
その瞬間――
「……はい、そこまで」
氷のように冷たい低い声が部屋の空気を裂いた。
「っ、誰だ――」
振り向く男の視線の先には、
縁側から土足で入り込んだ――先生の姿。
男の手首を後ろから捻るようにして掴んでいた。
その表情には、いつもの軽薄さは一切なかった。
サングラスの奥で、冷ややかに光る蒼い双眸が男を射抜いていた。
「せ、先生……!」
私は思わず声をあげる。
「……後は警察で話してくれるよね?」
そう言った瞬間、玄関の方でドアが荒々しく開かれ、
数人の警官たちが一斉に突入してきた。
「警察です! 動かないで!」
「なっ……なんだよ、おいっ、ふざけんな……!」
抵抗しようとした男の肩を二人がかりで押さえつけ、
すぐに床へとねじ伏せられる。
「遠藤正一さん、あなたを業務上過失致死および証拠隠滅、虚偽報告の容疑で逮捕します」
「は、はあ!? なんの話だよっ、俺がいつ――!」
「事故当日の出航記録と整備報告書、照合させてもらった。
エンジンの警告系統、最初から壊れていたんですよね。
それを“故障なし”と報告書にサインしてる。あなたの筆跡で」
静かに語る警部補の声に、男の顔が歪む。
「ち、ちがう! あれは……部下が勝手に……!」
「加えて事故後、船の航行記録を破棄したのもあなたですね。
会社のシステムログを調べさせてもらいました。ログイン履歴が残ってましたよ」
「な……っ」
もはや言い逃れようもなく、男は肩を震わせ項垂れていた。
先生がそっと私の肩に手を置く。
そのぬくもりが伝うだけで、張りつめていた全身の力が抜けていった。