第16章 「心のままに、花が咲くとき」
「それは、ない」
「上が本気で殺すつもりだったなら、瀕死のを助けたりなんてしない」
私は息を呑んだ。
「……え、助けたって……?」
先生は私の目をまっすぐ見て、ゆっくりと頷いた。
「僕がの元に着いたとき、すでに傷には応急処置が施されていた。硝子が言うには、その処置がなかったら……助からなかっただろうって」
頭がぐらりと揺れた気がした。
「傷口は綺麗に止血されていた。処置も的確で、無駄がなかった」
先生はどこか見えない敵を睨むように目を細める。
「あの応急処置……医療知識がないと、ああはできない」
その言葉を聞いたとき――
ぼんやりとしていた記憶の断片が、そこだけ妙に鮮明によみがえる。
(あのとき……)
(意識が遠のく中……誰かが、私の頬を撫でて……)
『……大丈夫。僕が助けてあげるから』
(……あの声、あれは……)
ハッと息を呑む。
全身が冷たいもので満たされたように震えた。
「……諏訪烈……」
先生の眉がわずかに動く。
「……すわれつ?」
私はゆっくりと頷いた。
「意識を失う直前――あの人が、傍にいた気がしたんです。でも、すぐに気を失っちゃって……」
指先がかすかに震える。
「……夢じゃなかったんだ、あれ」
先生の瞳が鋭くなる。
「、その“諏訪烈”ってやつ……知ってるの?」
私は少しだけ間を置いて、そっと言葉を継いだ。
「以前、京都の五条家の敷地で会ったことがあるんです。
その時、向こうは……私のこと、知っているようでした」
その瞬間、先生の瞳が静かに揺れた気がした。
「……うちで?」
先生の声が低く響く。
「……はい。先生がお家の用事で席を外した日です。
私一人で敷地の中を散歩してて……そのとき、声をかけられました」
思い出すたび、胸の奥がざわつく。
あの男の目。
笑み。
私の名前を呼んだ声。
「そういえば……あの人、誰かに“会いに来た”って、言ってました」