第4章 「触れてはいけない花」
はしばらく立ち尽くしたまま、扉の取っ手に手を伸ばすこともできず、俯いた。
(……会いたい、なんて……)
自分の中から溢れてきたその言葉に、はそっと唇を噛んだ。
――そのとき
廊下の静寂に、靴音が混じった。
(……誰か来る)
はっとして顔を上げる。
足音はまっすぐ、この執務室へ向かっている。
(どうしよ……)
反射的に一歩下がった。
こんなところで立ち尽くしている理由を、どう説明すればいい?
胸の奥がまた暴れだす。
は小さく息を呑み、来た道を駆け足で引き返した。
視界の端で、廊下の角が迫る。
――角を曲がると同時に、後方に近づいてくる気配が強まった。
数秒後。
帰ってきた五条が廊下の奥から現れる。
その視界の端に、ちょうど角を曲がって消えていくの後ろ姿が映った。
一瞬、足を止める。
(……ん、?)
こんな時間に、ここで?
軽く首をかしげながらも、なぜか胸の奥がざわつく。
呼び止めようとして、やめた。
――かける言葉が浮かばなかったからだ。
「こんな時間にどうしたんだか」
そう自分にだけ聞こえるくらいの声でぼやく。
そのまま執務室の扉を押し開けたが、扉を閉める直前まで、さっき見えた小さな背中が頭から離れなかった。