第4章 「触れてはいけない花」
翌日。
教室の扉を開けると、虎杖が机に突っ伏したまま顔だけ上げた。
「あー、。今日、先生いないんだってさ」
「え……?」
意外な言葉に、は思わず立ち止まる。
隣でプリントを整えていた伏黒が補足するように言った。
「当たり前だろ。ああ見えて、特級呪術師だからな。本来は高専でフラフラしてていい存在じゃないんだよ」
淡々とした声。
けれど、にはその一言が重く響いた。
(……今日、いないんだ)
胸の奥が小さく沈む。
会えるかもしれないと、どこかで期待していた。
――その期待が音もなく崩れていく。
「どうした?」虎杖が首をかしげる。
「……ううん、なんでもないよ」
そう答えながら、は席に向かい、机にそっと鞄を置いた。
けれど視線は黒板でもなく、手元のノートでもなく――空席のままの教壇を見つめていた。
***
その夜。
シャワーを浴びたばかりのは、濡れた髪をタオルで押さえながら寮の廊下を歩いていた。
――たった一日。
五条の姿を一度も見なかった。
(……こんな日も、あるんだ)
伏黒が言った言葉が蘇る。
“ああ見えて、特級呪術師だからな。本来は高専でフラフラしてていい存在じゃないんだよ”
(だから、いなくてもおかしくないのに……)
そう自分に言い聞かせても、胸の奥が空っぽのままだった。
気がつくと、足が止まっていた。
――ここは。
目の前には、五条の執務室。
薄暗い廊下に、白いプレートがぼんやりと浮かび上がっている。
(……なんで、私……)
わからない。ただ、ここに来てしまった。
会えるわけじゃないとわかっているのに。
廊下の静寂が、やけに耳に痛い。
扉の向こうには、気配がなかった。