第15章 「その悔いは花冠に変わる」
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あの避難所の暗がりの中、照明もつかず寒さと不安に震えていたあの夜。
(……命の危機に瀕したときこそ、人間の“本性”はあらわになる――)
誰かが、そんなふうに言っていたのを思い出す。
確かにそれは真実かもしれない。
自分の命が危ないとき、人は自分のことしか考えられなくなる。
(……それを、責めることはできない)
私だって、そうだったから。
あのとき、避難所で――
私よりも小さな子がひとりで泣いていた。
母親が戻ってこなくて、ずっと「ママ、ママ」って叫んでた。
でも、誰もその子にかまってやる余裕なんてなかった。
自分の安全を守ることで精一杯で。
自分の家族を探すことで、頭がいっぱいで。
あまりに泣き続けるその子に、苛立った男の人が怒鳴った。
――うるさい、黙れって。
ある夜、その子が私を見上げて言った。
「……お、おねえ……ちゃん……」
震える声と一緒に、小さな手がそっと私のほうへ差し出された。
必死に何かにすがるように伸ばされたその手。
でも――
私はその手を握らなかった。
(……できなかったんだ……)
私だって、怖かった。
私だって、寂しかった。
認めたくなかった。
両親がもう戻らないっていう現実を。
誰かに優しくする余裕なんて、あのとき私にはなかった。
助けを求められても、応えられなかった。
背を向けてしまった。
(……ずっと、後悔してた……)
あの子の顔も、声も――もうあまり覚えてない。
でも、忘れられない。
あのとき伸ばされた、小さな手だけは。
今ならわかる。
暗がりの中であの子がほしかったのは、言葉じゃなかった。
ただ、ぬくもりがほしかっただけなんだ。
気の利いた慰めの言葉も、立派な励ましもいらなかった。
安い同情だって、必要じゃなかった。
ただ、あの子のそばにいて。
あの手を握ってやれば、よかったんだって。