第15章 「その悔いは花冠に変わる」
女の子の小さな体が、波に揺れながら浮き輪にしがみついていた。
その瞳は涙で濁り、声は震え、ただ必死に――
「……おかあさん……おとおさん……っ」
その時だった。
「――それ、よこせ!!」
怒鳴り声とともに、男の腕が女の子に伸びた。
その男は血走った目で浮き輪を奪い取ろうとしてくる。
怯える女の子の声も聞かず、
男はもがく手で彼女を突き飛ばした。
そして、女の子の体は海の中へと沈んでいった。
(……ひどい)
彼女が最期に見たのは、
両親の姿でもなければ、青空でもない。
――“見捨てた大人の顔”だった。
「……おかあ、さん……」
「……おと、うさん……」
小さな声が海の底に沈んでいった。
視界が――ゆっくりと戻っていく。
傷の疼き。
腕の中に残る、小太刀の感触。
呪霊はもういなかった。
(……祓え、た……?)
私はぐらりと体を揺らしながら、ふらつく足で立ち尽くす。
「……お姉ちゃん?」
女の子の声が背後から聞こえた。
振り向くと、瓦礫の陰から小さな影がこちらを見つめていた。
さっきまで隠れていたのだろう。
怯えた瞳をこちらに向けている。
私はゆっくりと、女の子のそばにしゃがみこんだ。
女の子の髪には土埃がつき、唇は小さく震えていた。
私はそっと腕を伸ばし、彼女を抱きしめた。
細くて、壊れそうで、それでも温かい魂の感触が、腕に伝わってくる。
「……本当は……もう、あのとき死んでたんだね……」
女の子は、ぴくりと肩を震わせた。
そして、堰を切ったように泣きだした。
私はその背をそっと撫でながら、言葉をかけた。
「……苦しかったよね」
「……目の前で、大好きなお父さんとお母さんがいなくなるのって……どれだけ怖かったか……」
彼女の背をぎゅっと強く抱きしめる。
そして、私はあの日のことを思い出していた。
震災の日のことを。