第15章 「その悔いは花冠に変わる」
(あいつの“視覚”を奪ってしまえば……)
(私が“視えなく”なれば――)
呪霊からは、私の“気配”も“姿”も見えなくなるかもしれない。
(最悪祓えなくても、あの子を連れて逃げられる……!)
今ならできる。
気づかれずに近づいて。
視えなくなれば、私だけの“隙”が生まれる。
私はそっと、眼鏡に手を伸ばす。
脇腹の傷が焼けつくように痛む。
(……お願い。いまだけでいい――動いて、私の体……)
震える指で眼鏡の縁をつかんだ。
外した瞬間、視界がふっと滲んだ。
呪霊がかすかにぼやけて見える。
けれど、目の位置だけはくっきりと“視えた”。
そこにだけ、異質な黒が灯るように浮かんでいた。
(……大丈夫。狙える)
眼鏡をそっと持ち上げると、血で滑る手でそれを思いっきり投げた。
――カランッ!
眼鏡は地面を滑って跳ね、呪霊の背後――
小太刀とは逆方向へと転がった。
その瞬間、呪霊がびくりと動く。
「――……!」
そちらに向かって触手がしなり、鋭く空を切る。
私はぐらつく足を無理やり踏み出した。
呪霊が一瞬でも“わたし”を見失ってくれたことに賭けて。
視線が外れている。
気配が逸れている。
今、この瞬間だけ――
あいつは私が“見えていない”。
私は地面に落ちていた小太刀に手を伸ばし、柄をぎゅっと握った。
(……今だ!)
勢いよく踏み込み、滑るように呪霊の懐へ。
そして、刃を真っ直ぐに突き上げるように振る。
狙いは――“目”。
「――っ!」
濁った肉を斬る、鈍くて湿った音が響いた。
刃が呪霊の片目を正確に捉えていた。
反射的にのけぞる呪霊の体が大きく跳ね、耳障りな悲鳴が辺りに響き渡る。
黒い液体が噴き出し、私はそれを浴びながらも、もう一度踏み込んだ。
震える体を押さえ込んで小太刀を構え直す。
もう一度、呪霊を睨んだ。
呪霊は片目を潰されてよろけていた。
苦悶の声を漏らし触手を振り回しているが、その動きは乱れている。
私の方を見ていない。
(隙ができてる)
私は力を込めて駆け出した。
小太刀を構えた腕が震える。
でも、怯まない。
(ここで、終わらせる)
呪霊の足元に潜り込み、跳ねるように飛び上がり――