第15章 「その悔いは花冠に変わる」
夕暮れの訓練場に私は小太刀を握ったまま、そこに立ち尽くしていた。
私には呪力がない。
あるのは、自分でもよくわからない異質な“力”だけ。
(確かに、呪霊も祓うことができるけど……)
(……私も、野薔薇ちゃんたちみたいに術式があればな)
そんなことを考えていると、不意に声が響いた。
「……おーい、そんな顔しないの」
(先生?)
振り返ると、夕陽を背に先生が立っていた。
「何、考えてたの?」
私は少し口ごもってから、正直に答えた。
「……私にも呪力があったらなって……」
すると先生は、ほんの少しだけ考えるような間を置いてから口を開いた。
「まぁ、確かに呪力がないってのは不利だけどさ――
逆に言えば、気配を読まれにくいってことでもある」
「え……?」
「たとえば、他の呪力に紛れてたら、の存在に気づくのは僕でもけっこう難しいよ」
(気づかれにくい……)
そう言われて、私は少しだけ顔を上げた。
先生はふっと笑って、軽く肩をすくめる。
「あ、でも――訂正。はいい匂いするから、近づいたらすぐわかるけどね」
「……え?」
次の瞬間、先生が近づいてきて、私の髪のあたりに顔を寄せ鼻を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと! や、やめてくださいっ」
「……の匂い好き。この匂い、覚えちゃったもんね~」
「い、今、汗かいてるからっ、汗臭いですから!!」
私は静かに目を開けた。
『呪力がないってことは、気配を読まれにくいってことでもある』
先生の言葉が頭の中で繰り返される。
(……今、この場に“呪力”が流れているもの……)
私はゆっくりと目を伏せながら、思考を巡らせる。
(呪霊。呪具。そして――この眼鏡)
私の体には、呪力はない。
でも、この眼鏡には“視るため”の呪力が流れている。
視界の端で、小太刀が落ちているのが見えた。