第15章 「その悔いは花冠に変わる」
聞き込みを終えて家々を離れた頃には、太陽は少し西に傾きかけていた。
じわりと滲む汗をぬぐいながら、私は港の方へと視線を向ける。
そこに広がっているはずの海は、まだ見えない。
けれど、さっきから風の匂いが変わっていた。
ほのかに塩気を含んだ風が、住宅地のあいだを抜けてくる。
どこか、遠くから呼ばれているような――そんな感覚さえした。
「……行きましょうか」
水原さんが言い、私は小さく頷いた。
旧港は町の端にぽつりと取り残されたようにあった。
立ち入り禁止のロープが張られているが、経年劣化で色は褪せ、風に揺れるだけの飾りになっている。
「ここが……事故のあった場所ですね」
私は静かに呟いた。
澄んだ海面が、ゆっくりと揺れている。
足元のコンクリートはところどころひび割れ、錆びた柵の名残があった。
波打ち際には、使われなくなった小さな桟橋が残されている。
「立ち入り禁止ですが、警察には許可をとってあります」
水原さんがそう言いながら、ロープをくぐる。
私もそれに続いた。
途端、鼻先をかすめる潮の匂いがぐっと濃くなった。
湿った風が肌を撫で、どこか、懐かしいような気配が胸に触れる。
(……海、久しぶりだ)
どれだけぶりだろう。
気がつけば、ずっと避けていた。
十年前、街がすべてが呑まれていくのを見た。
轟音とともに、景色が崩れていったあの日の光景は、
今でも胸の奥に沈んだままだ。
それでも。
(……やっぱり、きれいだな)
ふと、足元のあたりで光が揺れた。
日差しが何かに反射したのだろう。
視線を落とすと、小さな物がコンクリートの合間に埋もれるようにして落ちていた。
「……?」