第15章 「その悔いは花冠に変わる」
沈黙が落ち着いたころを見計らって、私は小さく口を開いた。
「……あの、他の住人の方は、“夜に子供の声が聞こえる”とおっしゃってましたけど……そういうの……聞いたことありますか?」
男は煙をゆっくり吐き出してから、わずかに片眉を上げた。
「俺はないよ。……少なくとも、耳にしたことはないな」
そこで、男の目つきが変わった。
まるで、こちらを試すように――あるいは、不審を抱くように。
「つーか、おたくら……どうして今さら、何年も前の事故なんか調べてるんだ? 警察だって、“ただの事故”ってことで処理してんだろ?」
投げられた問いに、私は思わず言葉を詰まらせた。
「え、えと……それは……」
戸惑いかけたその瞬間、隣にいた水原さんがすっと一歩前に出た。
「――大学の研究でして」
落ち着いた声だった。
「事故現場と心霊現象の関係について、民間伝承をもとにした調査をしているんです。ご迷惑でなければ、現場の状況も少し拝見させていただければと」
男は無言のまま煙草をくゆらせてから、ふっと鼻で笑った。
「……そうかい。まあ、好きにすりゃいいさ」
それだけ言って、男は背を向けた。
「今日は、ありがとうございました」
水原さんがそう言って軽く頭を下げる。
私も続けて一礼し、二人でその場を後にした。
男の家から少し離れたところで、水原さんが足を止めた。
「……あと数軒聞いたら、現地を確認しましょう」
「……はい」
私も静かに頷いた。