第15章 「その悔いは花冠に変わる」
最初に訪ねたのは古い平屋の家だった。
庭先には洗濯物が揺れ、日よけの簾の向こうに年配の女性が座っている。
「……ああ、観光船の事故? あれはもう、何年も前の話だけどねぇ」
そう言って縁側から顔を出したその人は、麦茶の入ったコップを手にしながら、ゆっくりと話してくれた。
「あれ以来、夜になると港の方で“子供が呼んでる”みたいな声がするとか。
ほら、向かいの坂本さんが聞いたんだって。お孫さんを連れて家に帰る途中、海の方から“おかあさん”って――」
「それは……最近の話ですか?」
私が尋ねると、女性は少しだけ首を傾げた。
「そうねえ……一週間前かしら。夜の八時過ぎだったって。
でも、その日は雨も降ってて、誰も外に出るような天気じゃなかったはずよ」
雨の日に、誰もいない海辺から子供の声。
そう聞いただけで、首の後ろがひやりとした。
「まあ、ここら辺は昔から“出る”って噂はあったけどね」
女性はそう前置きして、ふう、とひと息つく。
「でもあの事故のあとからは、余計にひどくなった気がするの。
……気味が悪くてね。最近じゃ、誰も近づこうとしないわ」
女性の視線が、静かに港の方へと流れる。
「お話、ありがとうございました」
女性に軽く会釈しながら、私は家の前を後にした。
じっとりとした風が頬をかすめる。港の方から吹いてきたのだろうか。
次の家では、中年の男性が応対してくれた。
日焼けした肌と無骨な手。
港で長く働いてきた人だと、一目で分かった。
「観光船の事故……俺はあの日、船に乗ってたよ」
その言葉に私は思わず息を呑んだ。
水原さんも手を止めて彼を見やる。
「船員だったんですか……?」
「ああ。副船長をしてた。……あの日も、いつも通りだったんだ。天気も穏やかで、風も凪いでてな。乗客は子供連れの家族が多かった」
男の顔にぐっと影が落ちた。
煙草に火をつけようとして、うまくいかず舌打ちする。
「突然、エンジンから煙が上がって……次の瞬間には、火の手が上がったんだ」