第15章 「その悔いは花冠に変わる」
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港町の空はうっすらと霞んでいた。
日差しはあるのに、どこか鈍い。
じっとりとした湿気が肌にまとわりつく。
「……ここです。港跡地までは、少し歩きますが」
隣を歩くのは、補助監督の水原さん。
端正なスーツに整った身なり。
淡々とした口調は冷たくも映るが、要点だけを押さえるその説明には慣れが感じられた。
私は手にしたメモ帳を見下ろした。
千葉県沿岸部、かつて観光船の発着所として賑わった旧港。
数年前の海難事故以来、閉鎖されたままとなっていたが――
「まずは、近隣住民の聞き取りから始めましょう」
「……あ、はい」
水原さんに頷き返しながら、私は目を細めて住宅街の奥を見る。
古びた住宅街が港のすぐ近くまで続いている。
狭い道沿いに並ぶ民家の軒先には、色あせた風鈴と少し枯れかけた鉢植えがぶらさがっていた。
風もないのに揺れているような気がして、なんだかそわそわする。
「夜間“誰もいないはずなのに、“子供の声を聞いた”という証言が複数あります。海上に人影が浮かぶ”という証言も」
「被害報告はあるんですか?」
「直近では、特にはありません。現時点では呪霊の出現も確認されていないため、今日は周辺聞き取りと現地の確認にとどめましょう」
「……わかりました」
自然と背筋が伸びた。
なんてことない調査任務。
そう思おうとするのに、胸の奥にわずかなざらつきが残っている。
目に見えない何かが、この町の空気の奥でくすぶっているような
――そんな予感。
私はメモ帳を閉じて水原さんのあとを追い、住宅街の奥へと歩き出した。