第15章 「その悔いは花冠に変わる」
件名には、こうあった。
《臨時任務:調査同行依頼》
(……臨時任務?)
小さく眉を寄せながら、スマホに指を添える。
開いたメールには、簡潔な文章が並んでいた。
調査場所:千葉県沿岸・旧観光港跡地
目撃情報:
・夜間、海上に人影のようなものが浮遊
・遊歩道付近で、子どもの声を聞いたという証言多数
備考:
・地元住民の間で不安が広まりつつあるため、早期の現地確認を要請
・呪霊の発生は確認されていないが、継続観測中
(……なんで、私……?)
任務の選定理由はどこにも書かれていない。
ただ、あくまで「調査目的」であるとそう明記されている。
私は呪力がないから、ろくに呪霊すら視認できない。
鞄の中にそっと手を入れる。
取り出したのは、ごく普通に見えるメガネ。
けれど、これは先生がくれた特製の黒縁メガネ。
私の呪力感知の弱さを補うために、特別に用意されたもの。
このメガネがなければ、何も見えない。
(……そんな私に、調査任務?)
まるで誰かの間違いじゃないかと、そんなふうに思えてしまう。
(……でも)
このまま、何もしないで高専の中にいるよりは――
(……その方が、まだ……気が楽かも)
今はまだ先生とも、力とも向き合うことが怖い。
それでも――
知らない誰かの悲しみになら、手を伸ばせるかもしれない。
わずかに息を吐いて、スマホを両手で包み込む。
躊躇いながらも、返信画面を開いた。
《承知しました。詳細について教えてください》
打ち終えた文を見つめて、そっと息を吐き出す。
指がためらいながらも、送信を押した。
そして、読みかけの資料を丁寧に重ねて棚へ戻した。
古い紙の匂いが残るこの空間に背を向ける。
夏の湿った空気に押されるように、重い扉を開けた。
廊下に出た瞬間、熱気と蝉の声がぶわっと押し寄せてきた。
(……よし、行こう)
誰かのためでも、自分のためでもいい。
ほんの少しでも、前に進めるなら。
足が自然と前へ出た。
まだ怖いけれど、それでも――
歩いてみようと思った。