第15章 「その悔いは花冠に変わる」
窓の外では、蝉の声が途切れなく続いている。
陽射しはじりじりと照りつけ、校舎の屋根がうっすらと陽炎に揺れていた。
一方、資料室は対照的に、冷房がよく効いていて、
肌を撫でる空気がひんやりと心地いい。
棚に並ぶ古い本の匂いが、そっと漂っていた。
まるでこの部屋だけ、時間の流れから切り離されているみたいに。
「……これは、去年の任務報告……」
資料を手に取ったまま、読むでもなくめくる。
ただ紙を動かしていないと、何もしていない自分に耐えられなくなる。
あれ以来、私は先生とも伏黒くんたちとも、
少しずつ距離を置くようになった。
言葉を交わさないわけじゃない。
一緒に訓練できないわけでもない。
ただ――無意識に、壁をつくってしまう。
触れるのが怖い。
自分の中の「なにか」がまた、誰かに影響を与えてしまうのが怖かった。
(……何やってるんだろ、私)
無意識に、スマホを取り出していた。
画面に指を滑らせて、開いたのはメッセージアプリ。
先生とのトーク画面は最後のやりとりから更新されていないまま、そこに残っていた。
(……このまま、先生とも……終わっちゃうのかな)
画面を見つめるだけで、指は動かなかった。
“会いたい”、”ごめんなさい”って、たったそれだけのことが、どうしてこんなにも言えないんだろう。
(――バカだな、私)
そっとスマホを伏せ、資料の上に置いた。
先生のことも、自分のことも、
見ないふりばかりして。
本当になにやってるんだろう、私は。
一人でいたって、何にもならないのに。
自分の力に向き合うって、思ったのに。
それなのに、私は――
「……また、逃げてるだけじゃん……」
呟いた声が、紙の海に吸い込まれていく。
そのとき。
静寂を破るように、スマホが震えた。
伏せた画面が、わずかに光を帯びて揺れている。
一件のメール通知。
(……誰?)
差出人は「補助監督・水原」。
(……水原さん?)
聞き覚えのない名前だった。
高専で顔を合わせた記憶もない。
私は今まで一度もこの人と任務に行ったことがなかった。