第14章 「その花は、誰のために咲く」
「……泣くほど、僕に触れられるの……嫌?」
その言葉に、胸が抉られる。
「ち、違うのっ……! これは、わたしの中にっ――」
その先の言葉が、喉の手前で止まった。
(――言えない)
何も言えず、ただ立ち尽くすわたしを、
先生はしばらく見つめていた。
やがて、深く長い溜息が落ちる。
「……僕はさ、基本できないことはないんだよね」
「でも……伊地知とか七海みたいに、
誰かの気持ちに寄り添うとか、そういうのは苦手でさ」
目線は合わせてくれない。
それでも、言葉は静かに続いた。
「でもね、には……努力してるんだよ?」
小さく、苦笑の混じる声。
「好きだから。
大事にしたいって、心から思ってるから。
……でも、何も言ってくれなきゃ」
そこでようやく、視線が重なる。
「――さすがの僕も、人の気持ちは読めないよ」
その瞳には、呆れと、悲しみが滲んでいた。
そう言って、先生はそっと腕を解いた。
ぬくもりが、離れていく。
背中を向けるその姿に、無意識に手が伸びた。
「……せんせい……っ」
掠れた声が漏れる。
けれど、怖くてあと一歩が踏み出せなかった。
伸ばしかけた指先は、宙に取り残されたまま空を切る。
その様子を、肩越しに見た先生は――
一瞬、何かを飲み込むようにして目を伏せ、
そして、ため息をついた。
「……もういいよ」
呆れたように、疲れたように。
だけど、その言葉はまるで、静かな拒絶の刃のように胸に刺さった。
そして、先生は何も言わず、ゆっくりと歩き出す。
ドアへと向かい手をかけて――
扉が、音を立てて閉じられた。