第14章 「その花は、誰のために咲く」
「ち、ちがいますっ!」
即座に声が出た。
「そんな……嫌だなんて、そんなこと……っ」
思わず言葉が詰まり、うつむいてしまう。
先生は、ほんの少しだけ眉を下げた。
「また、力のことで苦しんでるんじゃないかって思ってさ。
ひとりで抱えるぐらいなら――僕に話してよ」
静かで、あたたかくて、
わたしの“奥”に届いてくる声だった。
その優しさに、心が揺れる。
(……先生に話してみようか)
喉の奥まで、こみ上げてくる。
他人の悲しい記憶が、自分のなかに流れ込んでくる。
それは、ずっと誰にも言えなかったこと。
けれど、今なら。
先生が、そう言ってくれるのなら――
(……でも)
『……気安く、“できることがある”とか言うなよ。
お前に、俺の気持ちの何がわかる……!』
あの時の伏黒くんの声が頭に響く。
(……先生の記憶も――わたし、見てしまった)
(そのことも……言わなきゃいけない)
(……先生だって、きっと――)
(わたしを……軽蔑する)
目の奥が熱くなる。
鼓動が、ひときわ強くなっていく。
話したい。
でも、怖い。
言えたら、きっと楽になる。
でも、もしも……すべてを知られてしまったら。
(……先生に、拒まれたら……)
唇が、かすかに震えた。
「なにも……隠してないです」
絞り出すような声だった。
「ただ……最近、任務が続いてて。ちょっと疲れてるだけで……」
目を合わせられないまま、うつむく。
苦しかった。
本当のことを隠すのが、こんなにも痛いなんて。
でも、嘘をつかなければ――きっと壊れてしまう気がして。
先生との関係も。
自分自身も。
言葉を押し殺すたび、熱を帯びたものが、
じわりと目元に滲んでくる。
(……だめ、泣いちゃ……)
(……もう、これ以上いたら――)
呼吸を整えるように、そっと立ち上がる。
「……話が済んだなら、私はこれで」
言い終えるより早く、背を向けた。
先生の顔を見ていられなかった。
逃げるように早足で、ドアの方へと歩いていく。
手がドアノブにかかった瞬間、背中にあたたかい感触を感じた。