第14章 「その花は、誰のために咲く」
「……じゃ、後で話そ」
そう言って、先生は帳の方へと歩き出していった。
さっきまで傍にあった温度が、ふっと遠ざかっていく。
気がつけば、地面を見つめたまま、
指先がかすかに震えていた。
(……わたしのせいだ)
見たから。
知ったから。
触れてしまったから。
あのとき、伏黒くんの記憶が流れ込んできた。
繊細で、
痛々しくて、
伏黒くんが誰にも触れられたくなかった、
“芯”の部分。
でも、
わたしは、それを――
勝手に土足で踏み込んだのだ。
「何かできることがあるなら」って、それって、
勝手な正義感じゃない?
わたしは、何を知ってるっていうの。
津美紀さんのことも、
伏黒くんの痛みも、
何一つ……わかってなんか、ないのに。
なのに。
彼の痛みを“理解したつもり”になって、
勝手に、手を伸ばして。
(わたし、何してるんだろう……)
これは、
“優しさ”なんじゃなくて、
ただの――
傲慢、なんじゃないの?
(……こんなの、ただの偽善者じゃん)
そのときだった。
ふわり、と。
どこからか、また花の香りがした。
(……この匂い……また……)
花が咲くのを確かに、感じた。
誰の痛みに?
何のために――?
答えは、風とともに遠ざかっていく。
でもその残り香だけが、わたしの中に静かに、
深く、染みこんでいった。