第14章 「その花は、誰のために咲く」
「怪我、大丈夫……?」
「……あとは、五条先生が引き継ぐって」
そう伝えると、伏黒くんの表情がほんのわずかに動いた。
けれど、何も言わずにただ目を伏せている。
伏黒くんの制服の袖を裂き、応急処置の準備を進めていく。
深い傷が、肩口から伸びていた。
血が止まらない。
伏黒くんは何も言わずに、じっとわたしの手元を見ていた。
それが、痛みで黙っているのか、別の何かを考えているのか――
わからなかった。
だけど、包帯を巻き終えようとしたそのとき。
「……どうして、津美紀のこと知ってる?」
その声は、低くて、どこかひっかかるような響きだった。
「……え?」
手が、止まる。
「誰にも……言ってない。津美紀のことは、誰にも……」
(……っ)
言葉に詰まった。
どう言えばいいのか、わからなかった。
でも、黙っているわけにもいかなかった。
「……あの……最近、わたし……」
喉が乾いて、息がうまく通らない。
それでも、言葉を絞り出す。
「この力のせいなのか、人に、触れると……その人の、悲しみとか、痛みとか――そういう記憶が、流れ込んでくるようになって……」
伏黒くんの表情が、ほんの少しだけ動いた。
「……さっき、伏黒くんの手に触れたとき……見えてしまって」
ほんとうは言うつもりなんてなかった。
でも、あの時――
あのときだけは、どうしても伏黒くんを説得したくて。
「……ごめんなさい。見るつもりは、なかった。……でも、どうしても……あの時は……」
伏黒くんの目が、鋭くなる。
「――何を見た?」
「……つ、津美紀さんが、ベッドで眠ってて……
何か、呪いみたいなものに、縛られてるような……」
「……見たことは、忘れろ」
「で、でも……」
言いかけて、喉が震える。
でも、それでも――
(……何か……何か、できることがあるなら)
心の奥から、湧き上がってきた。
痛みを知ってしまったから。
見てしまったから。
なかったことには、もうできなかった。
わたしは、伏黒くんを正面から見つめた。
それでも、声は震えてしまう。