第14章 「その花は、誰のために咲く」
「……伏黒くんが死んだら、津美紀さんはどうなるの?」
伏黒が、はっと目を見開いてこちらを見る。
でも、わたしはそれを見ている時間はなかった。
わたしはその手を掴み、全身の力を込めて引き寄せた。
「……っ、!」
呼ばれた名前が、耳をかすめる。
でも、足を止める気なんてなかった。
(……お願い、お願い……!)
あと少し。
ほんの少し、たどり着けば――
肌をなぞる冷たい空気。
ぴんと張り詰めていた何かが、すっと抜けるように消えた。
――抜けた、帳の外。
その瞬間、膝が砕けるように崩れ落ちた。
重力に引き倒されるように、地面に手をついた。
目の前の地面が、にじんで見えた。
全身が、どっと重くなっていく。
心臓の音だけが、耳の奥でやたらと響いていた。
(……伏黒くんは?)
顔を上げる。
そのすぐそばで、伏黒くんが仰向けに倒れていた。
彼の口元から荒い息が漏れていた。
(とりあえず……二人とも生きてる)
その事実に、全身の力が抜けていく。
「さんっ、伏黒くんっ!!」
伊地知さんの声が、遠くから聞こえてきた。
「よかった……! 二人とも……!」
駆け寄ってきた彼の顔は、汗と不安でぐちゃぐちゃだった。
「……中の様子が、急におかしくなって……っ」
「帳の中は、連絡もつかないので……もし、取り返しのつかないことになっていたらって……!」
伊地知さんの声が、かすれた。
言葉の端々に、焦りと、ほんの少しの涙。
「五条さんが向かっていますので、あとは大丈夫です」
「……さん、伏黒くんの応急処置をお願いできますか。今、迎えの車をもう一台呼んでいますので」
その言葉に、わたしは小さくうなずいた。
「……わかりました」
そっと、足に力を込めて立ち上がる。
少し離れたところで、伏黒くんが肩口を押さえて座っていた。
制服の布地は、血と埃で真っ黒だった。
ゆっくり近づいて、そっとしゃがみ込む。