第14章 「その花は、誰のために咲く」
人の波。夕暮れの街。
ネオンが瞬き始めた頃、雑踏のなかに、
わたしはぽつんと立っていた。
誰の顔も見えない。
すれ違う誰もが、前だけを向いて、急いでいる。
だけど――
その中で、二人の姿だけが、やけに鮮明だった。
制服姿の先生。
まっすぐと見開かれたその蒼い目は、
どこか鋭く、揺れていた。
その視線の先にいたのは――
(……あのときの人……)
そうだ。
鉄柵にもたれて、先生と並んで笑っていた――
あの、優しい眼差しを浮かべていた人。
上下黒のカジュアルな服。
髪はハーフアップで、どこか無造作に下ろしている。
でも――
今の彼は、まるで違って見えた。
まとう空気が、すべてを拒むように冷たい。
「君にならできるだろ、悟」
声が落ちる。
それは、静かで、優しくすらあった。
けれど、どこか遠くへ行こうとしている声だった。
「自分にできることを、他人にはできやしないと……言い聞かせるのか?」
「生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ」
そう言って、男は背を向けた。
先生が術式の発動のため、拳を上げる。
けれど、その目が揺れていた。
「殺したければ殺せ。それには――意味がある」
男はそう言い残し、夕暮れの雑踏のなかへ。
やがて、人波に紛れるように姿を消していく。
最後に見えたのは、
拳を振り下ろせないまま、宙に浮かせたその腕と、
何も言えず、何もできずに立ち尽くす先生の横顔。
そこに、あの屋上での無邪気に笑う蒼は、
もうどこにもなかった。
(……先生……そんな顔しないで……)
あの人の言葉が、
先生の感情が、
愛しさと痛みに怒り、
そして、どうしようもない後悔が、
私の中に――流れ込んでくる。
先生、あの人となにがあったの?
そう呟いた瞬間、視界が崩れた。