第14章 「その花は、誰のために咲く」
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あの日から。
ふと気づくと、誰かの“記憶”が、
“心”が流れ込んでいる。
触れただけで――
また、誰かが入ってくる。
電車の中、隣の人の肩が私に触れた。
耳をつんざく金属音。
ガラスが砕け散る感覚が頭を貫いた。
生臭い血の匂いが、鼻を刺す。
(――事故……?)
こみ上げる吐き気に、思わず口を押さえた。
「……また……」
お釣りを受け取るとき、店員の手が触れた。
香の匂い。
幼さの残る女の子の遺影。
嗚咽と、静かな泣き声。
「……また、だ……」
肩がぶつかっただけで。
指先が触れただけで。
他人の哀しみや痛みが、どんどん、流れ込んでくる。
誰にも聞こえない声で、呟いた。
「また…なの…?」
目の奥が、いつも痛い。
呼吸が、浅くなる。
どこまでが自分の記憶で、
どこからが他人の記憶なのか、
だんだん境目がわからなくなっていく。
(やめて……もう、やめて)
(もう、見たくない……聞きたくない……感じたくない……)
(誰のものかもわからない痛みで、心が擦り切れてく……)
自分のままでいたいのに。
自分だけの心でいたいのに。
……なのに。
気づけば、また誰かが、
わたしの中に入り込んでくる。
「――ちょっと、?」
声が落ちてきた。
どこか遠く、水の底から響いてくるような――
「……え……?」
ハッと息を吸い込むと、目の前の景色が一気に戻ってきた。
教室だった。
わたしは、席に座っていた。
机の上には教科書、開きっぱなしのノート。
いつもの高専の風景。
「……なんで泣いてんの?」
野薔薇ちゃんが、少し眉をひそめて覗き込んでくる。
その言葉に、ようやく自分の頬を指でなぞる。
……濡れていた。
気づけば、また、泣いていた。
「どうした? 体調悪い?」
横から虎杖くんの心配した声。
伏黒くんも、わずかに目を細めてこちらを見ていた。
(……わかんない。なんで泣いてたのか……)
うまく言葉が出てこない。
涙の理由もさっきまで何を見ていたのかも、うまく思い出せない。
そのとき――